CONTENTS

sponsored links

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています


僕らの行方



「冴子?」
ソファの上で伸びきっていた諒は、冴子が夕飯の準備をしているはずのキッチンから“ガタンッ”という物音がしてきたため、慌ててキッチンへと駆け込んだ。
すると、包丁が冴子の足元に転がり、まな板の上には数滴の血が垂れていた。
「あららららら…大丈夫?ほら、手ぇ貸して。」
ぼーっと突っ立ったままの冴子の手を取って、勢い良く蛇口を捻ると傷口を水道水で洗い流した。
しかし、冴子は無表情のまま諒の手を力いっぱい振り払った。
「離してっ!」
「えっ…?冴子?」
「ほっといてよ!!」
思いも寄らない冴子の行動に、一瞬、諒は顔をしかめた。
しかし、手当てをしようと再び、冴子の手を取ると冴子は諒の腕から逃れようと暴れた。
「何言ってん…」
「丁度良いわよっ!こんな血全部流れちゃえばいいのよっ……!!」
「………。」
(そういうことですか…。)
このところ、忍が体調を崩して寝込んでいる。
おそらく、冴子の言動の原因はその事が関係しているのだろう。
しかし、正直、冴子がこんな風に取り乱すのは初めてだった。
今まで、何があっても誰よりも気丈に振舞っていたのに…。
「…馬鹿だな…。」
諒が小さい声で独り言のようにつぶやいて、冴子の手を握る力をほんの少し弱めた。
それと同時に冴子も抵抗するのを辞めて、その場に崩れ落ちた。
そして、冴子は泣きながら吐き捨てるように言った。
「あいつらと同じ血が流れてるのかと思うとうんざりよっ…。忍様を苦しめる血なんていらないっ………!!」
冴子が最後まで言い終わらないうちに、諒は冴子の頬を軽く“パンッ”と叩くと、無言のまま冴子の頬に手をあてて離さなかった。
「…………。」
「ごめんね。目ぇ覚めた?」
それまで、ずっと諒が合わせようとしても、目を合わせなかった冴子がようやく諒の目を見た。
「…どうしようもないってわかってるの…だけど…もうこんなのいや…。」
頬にあてられた諒の手のひらを握り返して、すがるように泣いた。
「忍様に自由になって欲しいって願っても、あたしじゃどうしようもなくてもしも、あの人が自由になれるときが来るとしたら、自由の意味もなくなった時だってわかってる。でもそれじゃぁ嫌なのっ…!」
諒は何も言えずに、片方の手は冴子の頬に当てたまま、もう一方の空いてる手で、冴子の頭をゆっくりと撫でた。
その手が優しすぎて、さらに涙が溢れてきた。
「…冴子一人が、その血を流したところで忍が自由になるわけじゃないだろ?」
「なんで…どうして…私たちは生まれてくる場所を選べないのに…なんで、こんな血を引かなきゃいけないの!?」
今更こんなことを嘆いたってしょうがないのは、誰よりもわかっている。
忍様だってすべてを受け入れている。
だけど…それでも、日に日に痩せていく兄を見ていると耐えられない。
この体に流れている血が兄を苦しめているのだと思うと吐き気すらしてくる。
この血をすべて流したところで、単なる自己満足にしか過ぎない。
自分だけがこの血から、逃れようなんてズルイ。
だけど…どうしたらいいのかわからない…。
我慢の限界だった。
「お前がそんなこと言ってたら、あのシスコンがが悲しむでしょ。アイツと同じ血を分けられた事、喜べばいいんだよ、忍もお前が妹で喜んでるから。」
「嘘よッ!!忍様はそんなこと思ってないわ!」
本当は本家の人間よりも誰よりも許せないのは自分だ。
「…ねぇ、冴子さん。どうしてそう思うの?」
「だって私っ…自分の事しか考えてないものっ!!」
いつか先に旅立つであろう兄の事をズルイと思ってしまう。
すべてを運命として受け入れた兄をズルイと思った。
彼のために生きようと誓っても、彼に生きていて欲しいと願っても私の思いなんか関係ない。
あの人には届かない。
一人にできないのは、彼じゃない。
一人になりたくないのは自分だ…。
兄は先に解放される。
けれど、私は何もできずにすべてを見届けた後、一人残される…。
「私…忍様のそばにずっといたい………。」
俯いていた冴子の顔をそっと上げると、頬に当てたままになっていた大きな手で涙を拭った。
「あのね…冴子さん、大切なもの失くすのは誰だって嫌でしょ?大切なものを失いたくないって願う人を誰も責めたりしないって。」
冴子は黙ったまま諒のシャツの裾をきゅっと握り締めた。
「…ったく、どーしちゃったの。らしくないよ。」
目線を冴子の高さに合わせると、顔を覗き込んで優しく笑いかけた。
「たまにはさ、忍にわがまま言ってみたら?喜ぶよ?」
願いは俺も同じだから。
「俺の分まで、アイツ、困らせてやってよ。」



END

スポンサーサイト