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Escape(R&19)


「…水…沢…?」
十九郎は思いもよらぬところで、思いもよらぬ人物に遭遇した。
六本木ヒルズのノースタワーの喫煙所で、休憩中のサラリーマンに混じって煙草を吸っている水沢諒だった。
「あ…里見さん…。」
あまりにも自然にその場に溶け込んでいたせいか、一瞬、人違いかと思ったが、名前を呼び返されて、十九郎は目の前の人物が水沢だと認識した。

「ども。」
喫煙現場を目撃されたにも関わらず、悪びれた様子もなく、だらしなく笑っていた。
「驚いたな…こんなところで。」
十九郎は、呆れたように目を伏せると、煙草を口に咥えて、火をつけた。
「デート中ですか?」
「単なる買い物の付き合いだよ。」
「…さようですか。」
正直なところ、カマをかけるつもりで、聞いた質問にあっさりと答えられ、挙句、バナナ・リパブリックに連れを残して、エスケープ中だと説明する十九郎に、諒は拍子抜けしていた。
「水沢は?」
「俺は、お嬢様が来る前にニコチンタイムです。」
そう言って、日比谷線の出口の方向を指差した。
「大丈夫なのか?」
「えぇ。」
十九郎は、暗に臭いのことを指して、心配していたようだが、それほどヘビースモーカーな訳ではないし、会う前にシュシュっと口臭さえ消してしまえば問題ない。
多少、残り香が服や体に付いていようが、誤魔化す術はいくらでもある。
「水沢が吸うとはね…。」
「意外でした?」
「…どうかな。意外といえば、意外だけど、あまり意外でない気もするね。」
「不良息子なんでねぇ〜。」
諒は、平然と答えた。
「もしかして、周知の事実だったかな?」
「まさか見せられませんよ。こんなとこ。」
こんな自虐行為、見せたらなんて言われるか…。
胸いっぱいに煙を吸い込み、一気に吐き出した。
「…教育上、ヨロシクないので。」
お嬢様と亮介くんのね、と付け足した。
身体を蝕まれていく事に快感覚えてるなんて言えないし。
きっと、目の前にいるこの人は俺より快感感じてるんだろうけど。
「過保護だね。」
「里見さんほどじゃないですよ。」
「心外だな。」
「ま、教育上云々というのは、建前で、正直、皆さんうるさそうなので。」
「放っておいてはくれないだろうね。」
「えぇ。和泉だってそうでしょ?」
「昔はね。もう見捨てられたよ。」
「またまた。」
内心、切り捨てたのは、どっちだか…と諒は思ったが、口にはせず黙って飲み込んだ。
「アイツ等、似てますよね。うるさいところが。」
「言うね」
「あ、今のはオフレコで。」
十九郎が諒の失言を笑うと、諒は慌てて口止めをした。
すると、十九郎は、さも当然のように“全部だろ?”と聞き返してきた。
それに対して、諒は力なく笑い“助かります”と平伏した。
こういうとき、ものわかりが早くて、口が堅いのは有難い。

「―…しかし、残念だな。」
「え?」
「水沢には健全に育って欲しかったよ。」
「スミマセン。ご期待に添えなくて。」
「いや、あんまり汚して欲しくないだけだよ、俺は。」
十九郎は、主語を抜かした意味深な言葉をごく平然と呟いた。
「…何を?」
諒は思わず聞き返した。
しかし、返ってきた答えはあまりにも普通な答えだった。
「…肺を、だよ。」
十九郎は肺の奥深くに吸い込んだ煙と一緒に言葉を吐き出した。
諒は、腑に落ちない表情で十九郎を一瞥し、しばし間を空けた後、“お気遣い感謝します。”と他人行儀に返した。
そして、ポケットから携帯を取り出し、時間を確認すると火のついた煙草を近くにあった灰皿へ押し付けた。
「…じゃぁ、俺はそろそろ。お嬢様が到着してる頃なので。」
「あぁ。俺も戻るとするかな。」
「では…。」
「また。」


END

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