「How many roads musta man walk down
Before you call him a man?」
――友よ、答えは風に吹かれている。
「じーあんさぁーまいふれん、いんぶろーうぃんどうぃん・・・えーと・・・」
「何の歌?」
「うーん。なんだったっけかなー。」
緑色の玉を冴子に手渡して、また口ずさむ。
「でも、いい歌だった・・・気がする。・・・じーあんさぁー・・・うーん・・・」
屋上の冷たいコンクリートに座り込んで、動こうとしない諒に冴子が呆れて口を開いた。
「で?この寒ーい所にいつまでいるつもり?」
ちらりと腕時計に目を落とす。
今日のクリスマスの為に、何週間も前から目を付けていたカフェレストランは、
もう開店している時間だった。すでに予約でいっぱいかもしれない。
冴子を見上げて、諒が微かに眉をひそめる。
「先帰ってていいよ」
行儀悪く壁に持たれかかる諒を見て、文句を言おうとして止めた。
(あぁ・・・そうか・・・)
・・・動かないんじゃなくて”動けない”んだわ。
「はーうめにぃーろーどますたー・・・誰が教えてくれたんだっけなー。」
ブツブツ言いながら、乾いた空を見つめた。
この手でまた”ひとつ”消してしまった後は、
見るもの全てが色褪せる――。
+++++
「もう慣れてへっちゃら。」
見透かした様な冴子に何か言われる前に、防御策として諒が発したのはそんな言葉だった。
彼等の最後の叫びも。悲しい別れも。
慣れた。・・・慣れたつもりでいるしかない。
彼等への感情なんて・・・。
「何がへっちゃらよ。慣れたんじゃんくて麻痺してるって言うの。間違えないで。」
・・・途方に暮れた目で。
その場所から動けずにいる諒の隣に腰を下ろした。
「まだまだね」
その言葉に、諒が苦笑した。
「よかった。」
ぽつりと呟いた冴子の言葉は、12月の冷たい風に吹かれて消えた。
動けなくなる程の感情が彼にあることは、悲しい反面・・・嬉しかった。
・・・こんな感情に慣れてほしくはないから。
いつも馬鹿みたいな笑顔で帰ってくるから、忘れかけていた。・・・”斬る”という事。
怖くない訳がないのに。
――慣れてしまったのは・・・麻痺していたのは、自分の方かも知れない。
「すみませんねー。へなちょこで」
「そんなの、今さら言われなくても知ってたわ」
「あぁ、そうですかー」
さらりと答える冴子の手を掴まえて、
その冷たさに、彼女を随分待たせていた事を思い知った。
「あー、そうか。・・・今日行けない・・・かも。」
ごめんね。と小さく呟く諒に冴子が一瞬微笑んだ。
「・・・気持ち悪いわ」
「おまえねー、人がせっかく素直に言ってるのに気持ち悪いって!」
「あーあ。せっかくクリスマスなのにー」
悪戯っぽく不満気な言葉を吐いてみせる冴子に、諒が幸せそうに笑った。
「・・・でも、もうすぐいいもん見れるよ・・・ほら!」
見つめる先には広い空。
寒空が茜色に染まっていく。青と夕暮れの狭間。
凝った派手なイルミネーションよりも何倍も綺麗だと思った。
「感動でしょ?」
「・・・まぁまぁね」
得意げな諒に、冴子が少し悔しそうにそっけなく答えると、
繋いだ手を小さく握り返した。
今の自分に確かなものなど何も無いけれど。
握った掌、彼女の温かさは信じられる気がした。
『どれだけの道をあるいたら、1人の男として認められるのか?
何度見上げたら、青い空がみえるのか?
――The answer,my friend,is blowin'in the wind.』
(by Bob Dylan)
END