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罪(諒+牙)

六本木マンションの907号室。現在、この部屋の主は不在である。
代わりに今この空間を埋めるものは3名。
水沢諒と、その妹・彩。そして使の牙である。
彩はリビングのソファに腰掛け黒猫の形態にある牙を傍らに、何をするでもなくぼうっとしている。彼女から少し離れたテーブルのいすに腰掛け、水沢諒は自分の妹を無言で見つめる。その瞳には、陰りの色がありありと浮かんでいる。
(彩・・・)
諒はこの名前を、妹の前では滅多に口にしない。数年前までは普通に気軽に読んでいた、既に身体に染み付いている空気のような名前を。その代わりに、心の中では何度も何度も繰り返し呼び続ける。
(ごめん)
謝ってすむことではない。取り返しのつかない事をしたのだ、自分は。それは諒自身がよくわかっている。そして、彩の態度もまた、それを『拒絶』という明確な態度で指摘している。
(お前を壊したのは、兄ちゃんで)
家の雰囲気を、少しでも暖かなものにしようと、お前は懸命に考えていたのに。小さなことで母親の叱責の対象にされていた末弟の誠を上手くフォローし、さらに自分のことしか考えていなかった兄貴のことをも思いやっていた。排他的な空気を身に纏っていた俺に、何の気兼ねもなく話しかけ、笑顔を見せていた。お前が、小さな手で、必死に守っていた家族なのに。



ヤキツクシタ。



あの日。自分は全てを消したかった。
学校での受験戦争や、夫婦間のくだらない喧嘩にいちいちストレスを溜め込んで。どうやったら消化できるのかなど考えもせずに、ただひたすらに、溜め込んで。けれども、そんな自分を見てみぬフリをした。自分の弱さを認めたくなかったから。ストレスごときに、自分が狂わされるなんて、そんな微弱な人間だ何て思いたくなくて、無理矢理自分の中に押し隠して。そして・・・爆発させた。



何でもよかったんだ。
あの時、『自分』を消してくれるモノにならば、何にでも縋りたかった
そんな弱い気持ちが・・・妖の者を受け入れた。
本来ならば消えるのは俺だけだったのに・・・。
「特殊な能力」を受け継いだこの身体は、必要以上の被害をもたらして、全てを燃やし尽くした。お前の守りたかった家を。家族を。そして、おまえ自身の心さえも。



(ごめん)
その言葉しか、出てこない。





「昔のことを、思い出していたのですか。」
諒の意識を現実に引き戻す声。気がつくと、人身にメモタルフォーゼを果たした牙が立っていた。片手にはコーヒーカップ。どうぞ・・・という抑えた声と共に、それは諒へと手渡された。
「・・・どーもサンクスですわ」
どういう風の吹き回しだ何か不吉なことがあるんじゃなかろうか、と牙の行為を少々曲解しつつも、有り難く頂戴することにする。一口口に含んだ味は・・・インスタントにしてはまぁまぁ、といったところだろうか。
「彩、さまは貴方が思うほどには貴方を憎んではいません」
内の感情が読めない無表情で牙はぽつりと言った。そんなはずはない、と諒は即答する。
「俺は、彩の精神をズタズタにしたんだ。俺があんなことをしなければ、彩は・・・あいつは、もっと幸せで・・・っ!憎んでいないはずがないだろう?」
「それは、『憎まれたい』という貴方の願望が導き出した答えではないのですか。」
牙の言葉に、諒は眉を吊りあげる。
「・・・なんだって?」
「誰かに責を認めてもらえれば、あなたにとってはさぞかし楽でしょう。贖罪をする、という生きる上での名目が立つ。」
淡々と牙は言葉をつなげる。諒の反応に構わず・・・。
「あなたは彩さまに『憎まれる』ことで、『彼女に償いをする』という存在意義を、見出しているのではないですか。」
「・・・黙れ」
「彩さまだけにではない。忍様に対しても、自分のエゴを押し付けているのではないですか。あなたを生かした忍様を『憎む』ことで、自分の存在を正当化しようとしている。『憎しみ』に、存在価値を見出している。私にはそれが不快でたまりません。」
「・・・黙れっ!!!」
ガンッ、と手のひらをテーブルに叩きつける。
カップが横に倒れ、コーヒーが無残にこぼれた。
「お前に、何がわかる!?人間でないお前に、俺の何がわかるというんだ?ええっ??」
声を荒げる諒を、牙は静かな言葉でたしなめた。
「お静かに。彩さまが目を覚まします」
ふと彩の方をみる。彩はソファーに横たわって、かすかに寝息を立てていた。
寝顔だけは、以前とまったく変わらない・・・。
彼女の穏やかな表情を見つめていると、諒は不思議と気分が落ち着いてきた。
「彩・・・」
何か続ける言葉があるわけでもない。
呼びかけて、何かしたいわけでもない。
自然に、妹の名前を口にする。そう、『昔』のように。
決して戻らない時間が、このときだけ断片的に遡ったかのような錯覚を諒は覚えた。
・・・それから「今」という現実を思い、溜息をつく。
「時間は、人を変えます。」
抑揚のない口調で牙が言う。
「人は、変わるものです。成長するにしても退化するにしても。決して、『永久にその場所に居続ける』ことなど出来はしないのです。彩さまも、あなたも。」
「・・・」
「人ならぬ身で、人を見続けてきた私が言うのです。貴方の言葉よりはよほど信憑性がある」
「!」
”人ならぬ身で人を見続けてきた”
主の為に生きる、という『存在理由』をはじめから与えられ、それに逆らうことは決して許されない「使」。どんなに生きたいと願おうとも、死にたいと渇望しようとも、自らの意思を貫くことはできずに、人に「生かされ」続ける。
諒はハタ、と思いつく。
自分は、斎伽忍に「生かされている」と思っている。彼にとって自分が、利用価値があるかぎり、この状態は続くのだと。
けれども・・・自分は、『選択』できる。このまま生きて苦しむ道と、死して楽になる道を。牙からみて、自分は・・・さぞかし不愉快だろうと思う。彼の言葉通り。
「伽羅王の傍に仕えることは私の価値であって、それが私の全てです。これを悲嘆する気持ちはありません。」
諒の考えを正確に読み取ったように、牙は言った。
「私とあなた方『人間』は、そもそも相容れないものです。同じように生きることなど出来はしないし、望みもしない。私は私に課せられた役割を果たすのみ。」
淡々と語るその口調からは、真の思惑を読み取らせない。
「だったら、俺は・・・」
どうやって生きていけばよいのか。現状を非難されて改善を促されても、心は簡単に移ろうものではなくて、いつまでも根強く残るもの。
”人は、変わるもの”
変化、は自分にも訪れるのだろうか。人としての道を踏み外した、こんな自分に。
亮介や冴子や希沙良のように、成長していけるのだろうか、自分も?
「全ては、あなたの心次第に。現実はいくらでも変わっていくものです」
牙はそんな言葉で締めくくった。





その日の夕刻、黒猫の姿をした牙の隣には、水沢彩がいた。
「牙」
ぽつりと、彩が呼びかける。
「ありがとう」
そのまま二人は言葉を交わすことはなく、けれども二人に共有の空気の中でいつまでもお互いの存在を感じていた。




fin

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