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君に捧げるエール(水沢)


未だ豊かな自然の残る、小さな街。今回の『仕事』をつい先程終え、水沢諒はぶらぶらと歩いていた。仕事中継続していた緊張感がなくなり、代わりに訪れるある種の喪失感、この手に刻まれた新たな傷に対する感傷を抱きながら黙々と歩を進める。
この道を歩くのも、おそらく最後のことだろう。
明日には、アパートは引き払われ、諒自身も東京へと戻ることになる。
『最後』の日。
斎伽忍の指示の下、全国各地を回るようになって以来、訪れる場所の数だけ『その地で暮らす最後の日』を経験してきた。決して長くはない生活の場ではあるが、それなりに自分の気に入りの場所なども出来たりする。
そういえば、と思い立ち、諒は方向を転換してある場所に向かった。



聞こえてくる歌声に、水沢諒は立ち止まる
伸びやかな、美しい旋律
声の先は、容易に知れた
一面に広がる草原に、足を踏み入れる



草原の中に、一人の少女が立っていた
歌は、彼女の紡ぎだすものだった



肩まで切りそろえられた艶やかな黒い髪
決して高くはない身長に、華奢な体つき
その後姿は、かつて諒が見慣れていた、妹のものと類似していた
「・・・彩・・・」
諒は心の中で呟いたつもりだった
しかしそれは無意識のうちに音として外に発され、次の瞬間に歌は途切れた。
少女が勢い良く振り向く
黒い髪が、大きく揺れた
「お兄ちゃん・・・だから私は「彩」じゃないってば。」
「あ、ごめん・・・」
諒は自分の言葉に後悔しながら、目の前の少女に謝罪する
「いい加減覚えてよ〜私の名前。ちゃんと萌子、っていう名前があるんだから」
その少女――萌子は腰に手を当て、まったくもう、と言葉を付け足す。
「うっ。。。ゴメンゴメンほんとに、兄ちゃん物覚え悪すぎで・・・お詫びにこんなお土産があったりするけど・・・」
ごそごそとコンビニの袋を探って、ペットボトルのアクエリアスを取り出した。
「え〜、差し入れくれるの?ありがと〜」
萌子はパッと顔を輝かせて差し出されたアクエリアスを受け取る。
そして、あれ?と疑問の表情を浮かべた。
「でも何で私の好きなドリンク知ってるの?お兄ちゃんの前で飲んだ記憶がないんだけど」
「それはもう、超能力で」
以前にどこぞの超能力番組でやっていた、ハンドパワーの真似事をオーバーアクションでしながら諒は言った。
けれども当然のごとく、それはすぐに見破られる。
「嘘つき〜〜〜、ねえ何で何で?」
「前に来た時、手提げ鞄にアクエリアス入ってたでしょ。それを覚えてただけ」
ああなんだそっか、と萌子は納得する。
「お兄ちゃん、記憶力悪いなんて嘘じゃない。何で名前は覚えられないんだろうね〜?」
諒は一瞬顔を曇らせた。
萌子の名前を忘れたわけではなかった。
けれども、彩の記憶が鮮明に思い浮かんで。
あまりにも類似した彩と萌子の体格や仕草に、記憶と現実の境界がぼやけてしまった。
君と彩は全然別の人間なのに、ごめん。
言いかけて、押しとどめる。
そう何度も謝られて良い気分のする人間はいないものだ。
重苦しい表情で何かを言いかけ留まる、明らかに挙動不審な動きではあったものの。
しかしそれは、ペットボトルのキャップを開けるのに夢中になっていた萌子の瞳に映ることはなかった。



「ね、お兄ちゃん、素朴な疑問を一ついい?」
諒の隣に腰掛けて、ジュースを片手に萌子は問い掛けた。
「何でしょう、萌子ちゃん?」
「・・・『彩』って、名前だよね。誰のことなの?」
彩。
萌子から発されたこの一言に、口にポカリのペットボトルを運びかけていた諒の手が止まる。
「わたしとここで会ってもう3回目になるけど、いつもその名前、呼んでるじゃない?その彩って人、私に似てるの?お兄ちゃんの大切な人?」
「・・・・・・」
一向に返事の返ってこないことを不思議に思った萌子は、隣に視線を泳がせる。
普段のにこやかな諒の表情が、今は固く強張っていた。
「なんか変なこと言っちゃったかなわたし?やっぱ今の質問ナシ!」
空白の間に耐え切れずに、萌子は強めな口調で言った。
「別に変じゃないよ。・・・彩は妹なんだ。萌子ちゃんと同い年の」
「お兄ちゃん妹居るんだ〜。一人っ子ではないな、って思ってたけど」
「今は事情があって一緒には暮らしていないんだけどねぇ」
ポカリを一口含む。
必要以上に口が乾燥していたことに気がついた。
普通な会話を心がけても、彩のことを口にする時は緊張してしまう。
「彩ちゃん、て、わたしに似てるの?」
さっきもまちがえてたし、と付け加える。
諒はう〜〜〜ん、と唸った。
「どうだろうな〜、髪型とかは似てて、ちょっとドキッとしたけど。でも、話してみるとあんまり似てないって思うねえ。妹とは、あんまりこうして話さないから」
「・・・そっか。」
萌子は何かを納得したように呟いた。
「わたしにもお兄ちゃんがいるんだけど、しょっちゅう喧嘩しちゃうんだよね。そういう時って『お兄ちゃんなんか大嫌い!』って思うけど、いないとすごく寂しくて。・・・だから、ちゃんと妹大事にしてあげなよ?遠くにいて会えないなら、なおさら寂しいはずだよ」
萌子にはどうやら、兄妹仲が悪いと思われているらしい。
それはまるっきりハズレというわけでもないのだけれど、そんなに単純なものでもなくて。
けれども、諒は萌子の言葉の一言一言をかみ締めていた。
好き、嫌い、楽しい、悲しい、寂しい。
複雑に絡み合った事実も、最終的にはそんな単純な感情に行き着くのかもしれない。
遠く離れた地にいる彩。
彼女は自分に対して、どんな感情を抱いているのだろう。
そして閉ざされた心を開いて外を見つめた時、彼女は新たにどのような感情に行き着くのだろう。
恐怖、憎しみ、その他諸々の負の感情の中に、僅かなりとも自分を必要とする気持ちは存在するのだろうか。
それは、彼女の心次第。
思いを馳せることは出来ても、彼女の心は彼女自身のものでしかなく。
自分に出来ること、それは。
「大事に、するよ。ふがいない兄ちゃんだけど、妹はすごく可愛い、それだけは絶対だからね」
そう、大事に。
傷つけた分、いやそれ以上の、自分が彼女にしてやれることを。
彼女の負担にならないように、閉じ込めないように。
過去への贖罪は勿論自分に課せられた事柄の一つとしなければいけないけれども。
それと同様に、彼女がこれから生きていく上でのプラスになることを、してやりたい。
「うん、それがいいね。」
萌子はにっこりと笑った。
「・・・そうだね」
自分に言い聞かせるように、諒は言葉を返した。
「じゃあ、次回くるときまでに彩ちゃんに電話を入れる、って宿題だそうか?」
萌子の言葉に諒は微笑して、静かに次げた。
「・・・実は兄ちゃん、明日引っ越すんだ。ホントは今日、萌子ちゃんにお別れを言いに来たんだ」
笑顔だった萌子の表情が、一変して曇る。
「・・・そっか。最後なんだ」
「・・・・・・」
しばらく続く空白の間をさえぎって、俯いていた萌子がバッと顔を上げて諒を見る。
「じゃあ、がんばるお兄ちゃんに、プレゼントをあげるよ」
そう言うと、立ち上がって今度は諒を見下ろした。
「お兄ちゃんのために歌うよ。」
息大きく吸い込んで、始めの音を調節する。
そして流れる美しいメロディー。
それはどこかで耳にした覚えのあるものだった。
諒は静かに瞳を閉じる。
無の世界に届けられる聖なる歌声。
諒のために捧げられた、癒しの歌。
穏やかなメロディーが、心の中に暖かく浸透していくのを感じた。



fin.

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