CONTENTS

sponsored links

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています


Begining(忍+α) 


白でも黒でもなく
同時に両方ともであるともいえるような
矛盾だらけの空間

常識と非常識とが不可思議に調和し融合した
明らかに現実とは非なる世界

この場所へ足を踏み入れるたびに
自らが人あらざる者であると思い
同時に自らが弱く曖昧な心身を有する
不完全な存在であると認めることになる

訪れを嬉々として望むような場所ではない
来なければいけない、と否応なしに訪れる場所
此処は、そういった空間

私と、彼とは似て非なるもの
否、「似ている」と思うことは、驕りであるのかもしれない
考えることが既に、彼にとっては許しがたき行為なのかもしれない

この身体は『神』という名の絶対者を受容するための受け皿に過ぎない
思いのままに使役され、そのことに対抗することは許されず
その果てに残るは、使い古され朽ち果てた肉体と
狂気に魅入られた自身の心

その後に待つのは、永遠
その名を現世では死と詠う・・・

ならば
ならば、この身に宿る精神は、何のために在るというのか

正を正と
悪を悪と
内に個人としての基準を持ち

主張すべき権利と
己に課す義務とを
思考し判断するこの心の所在する意味とは





ふっ、と目の前の空間が切り替わった






非現実の場所から、現実へ

混沌の中から、光の中へ

無限の空間から、有限の物質世界へと―――






「忍?」
うっすらと瞳を開き、呼びかける声の主に顔を向ける。
視界に映るぼやけた輪郭は、次第に鮮明な人の姿となった。
「どうやら眠ってしまったようだね」
自分を見下ろす相手に向けて、そんな言葉を返す。
その相手――水沢諒は、大げさな溜息を一つこぼした。
「・・・アンタどうしようもなく寝すぎ。今さら寝て育つ、なんてお年頃でもないだろうにねぇ、まったくねぇ。」
「僕は今さら育つ必要などないな。お前の精神的成長については大いに望むところだけれどもね。」
「人を呼び出しといて眠りこけてらっしゃる方が何をおっしゃるのやら・・・」
「全員集まっているのかい」
アナタ何をのん気なことを・・・と諒は非難の目を向ける。
「今からもう2時間ほど前に全員集合してる。・・・きーさんなんか痺れをきらして今コンビニにお出かけ中よ?マイ親友亮介君にオマケの黒猫を引き連れて。・・・冴子と里見さんはキッチンで調理中。冴子曰く『台所領域侵犯の戦闘態勢中』。」
「・・・で、お前は?」
「オレは・・・台所を手伝おうかと思ったんだけど追い出されて、コンビニに付いていこうとしたらきーさんに思いっきり嫌な顔されて、仕方ないからここにいる・・・って何か言ってて自分で自分が可哀想になってきた。もしかして諒ちゃんって苛められ中というヤツなのかしら・・・およよよよ」
手の振り付きで泣き真似をする諒を見て、忍は微笑った。
「役に立たない、というのはつらいだろうね。同情の余地はないけれども。」
がくっ、という大きな頭のフリ付きで落ち込むそぶりを見せてから、諒は、あのねぇ・・・と呟いた。
「こういう時にはそっと慰めるのがセオリーというやつではないでしょうか忍サマ?」
「慰めてほしいのかい?それは知らなかったな」
「あっそ・・・」
「けれども、今は慰める余裕がないな。頭がフラついていてね・・・」
自然な会話の続きのような感覚で言った忍の言葉は、しかし諒の意識を集中させる。
たしかに、先ほどから忍は瞳を閉じ、こめかみのあたりを手で押さえている・・・。
「忍・・・」
先ほどまでの冗談めかした口調とは明らかに異なる、彼の真実の声。
呼ぶ名前は同じでも、その言葉にかかる重みが違う。
「すぐに治るよ。いつものことだ」
「いつも?」
「そう、あの場所に訪れると、こういった症状になる・・・」
それは何処だ、と問いつめたい気に刈られる。
しかし、その言葉を飲み込んで、諒はさらなる忍の言葉を待つ。
ほんの僅かな忍の行動をも見落とさぬように、注意深く見つめながら。
しばらくの時間を、そうして過ごした。
張り詰めた空気が、時の流れを酷く遅く感じさせる。
「・・・しかしこれを忌避などはしない」
ぽつりと発された言葉。
「これは僕に未だ心が存在する、ということの証。それゆえに・・・」
再び、言葉が途切れる。
その光景を再度見つつ、諒はつぶやく。
「闘っているのか、おまえは。夢の中でさえも」
自分の手を、忍の額へと当てた
掌から伝わる、普通では信じられないくらいに冷ややかな、彼の体温。
「闘う・・・そう言うべきなのかな」
「ちゃんと、勝てよ。そうしないと、おれがおまえに勝つチャンスがなくなる。だから。お前がお前でいなくなったら、困る」
励ましのような、叱責のような、それでいて自分自身に言い聞かせる言葉のような・・・様々な意味を含んだ彼の言葉を、忍は聞き、内心で苦笑する。
(ちゃんと勝て、か・・・簡単に言ってくれるね・・・)
未だ身に宿る痛みは消えないけれど。
それでも、彼を癒し潤す存在も確かにあって、そのことに対して嬉しいとも、感じている。
いつしか顔には自然に笑みが浮かぶ。
額に伝わる諒の手の暖かさに心地よさを感じながら、そして諒の言葉に潤されながらも、忍は言った。
「・・・百年早いんじゃないか、諒」
それを聞いた諒は嘆息混じりに呟いた。
「・・・せめて10年といって欲しいかも・・・」





心が存在すること
それは不自然であると
許されざるべきことであると
身体の訴える、叫び
それは痛みという形で表に生じる

けれども
これを逆に考えると
この痛みは
己の心の存在を否応なしに認めた結果として起こる現象であり
挑戦である

器に心があるということは、
運命に抗うことを僅かなりとも許されているのだと

あるがままを受け入れるのではなく
自ら試行錯誤を重ね動く権利を有しているのだと

自分はそう「決めた」

それゆえに己の心は
この痛みを受容する





忍がリビングへの扉を開くと、一斉に彼を待つ者達の視線が集中した。
「やあ、待たせたね」
「待たせすぎ」
苛々とした表情を隠さずに、和泉希沙良は抗議の声を上げた。
「あ、忍さん、おはようございます・・・ってあれ?」
「崎谷君、今は夕方だよ」
何か一言でも挨拶を、と慌てふためく崎谷亮介に、里見十九郎はやんわりと訂正を入れる。
「何か飲まれますか?」
キッチンから顔を出した七瀬冴子の問いかけに、僕には紅茶を頼む、と答え、彼はいつものようにソファに腰掛けた。
「あ、さえこさ〜ん、おれには濃ゆ〜いコーヒー一つプリーズ!」
忍に続いてリビングへとやってきた諒は、お気に入りの椅子をがたごとと移動させながらキッチンに向けて言った。それを聞きつけた希沙良の眉がピクっと吊り上る。
「・・・おい水沢!お前さっきポカリって馬鹿みたいに騒いでただろ!買ってきてやったんだからまずこっち飲めよ。」
「え?きーさん買ってくれちゃったのっ?晴天の霹靂みたい・・・」
「お前マジで喧嘩売ってんのか・・・」
「・・・ちょっと、結局コーヒーはどうすんのよ?いるの?いらないの?はっきりしなさいよ!」
延々と続くとりとめもない話。
耳を傾けるまでもなく自然に捉えられる会話に、忍はふっと笑みをこぼす。
「どうしましたか?」
十九郎が問い掛ける
「いや、なんでもない」
一度そう答えてから、ふと思い立ち、言葉をつなげる。
「話に加わらないのかい?時にはお前もこういった議論に身を投じてみることも大切なんじゃないかな」
「謹んで遠慮させていただきます、と申し上げましょうか。体力気力ともに無駄遣いが出来る程有り余ってはいませんからね」
「若さがないよ」
その言葉に、十九郎は面白そうに笑った。
「成長期が過ぎた、ということなのでしょうか」
「さて、どうだろうね」
曖昧にぼかした言葉の意味を、どこまで十九郎は深読みするのだろうか。
彼の表情に表れる反応を興味深げに観察しながらしばらくの時間を過ごす。
そう時間のしないうちに、キッチンで一仕事を終えた冴子がトレイをかかえてリビングに戻り、空いた席に腰掛けた。
差し出された紅茶を忍は受け取り、その香りを愛でる。
カップに口をつけることはせずに、テーブルの上に静かに置き。
そして・・・一拍置き、部屋にいる彼の言葉を待つ者全てに対してこう言った。

「さあ、はじめようか」





お前たちにとっての
そして自分にとっての
『未来』
今現在の各々の行動次第で
如何様にも変化させることが出来るのなら
そう、信じられるのならば
さあ
運命への挑戦を、はじめようか



Fin.

スポンサーサイト