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暖かい場所へ(従兄弟)



たとえばこの頬につたう涙が紛い物だとしたら
哀しいと思うこの心が既に計算し尽くされたものだとしたら
もしも、そうだと判ってしまったら
ねぇ、君は、君で居られる?




年の瀬も迫った冬の日。
東京のとある駅の前の壁に寄りかかり、和泉希沙良はせかせかと歩く群衆の流れに目を遣った。
街のいたるところにちりばめられたイルミネーションと、スピーカーから流れてくる大音量のクリスマスソング。
そんな、明らかにミスマッチな現象が、互いに相殺しあうことなく共存している、そんな空間。
ごちゃごちゃしている、と希沙良は思う。
そしてそれこそが、この街には自然であるのだとも思う。
けれど…此処は、待ち合わせには向かない。
煩くて、苛々する。
(おっせぇな…)
待ち人がいまだこない。
待ち合わせの時刻から既に5分以上も経過しているのに、まだ姿はおろか気配すら感じない。
(ムカつく)
内心でチッと舌打ちする。
もともと心の寛容なほうではないとわかっているが、今は特に。
(俺が待つの嫌いだってわかってるんだろうが)
彼が…里見十九郎が多忙なことなどよくわかっている。
日ごろの忙しさに輪をかけて、今は高校で生徒会役員なんて面倒な役職についていると聞いている。
そんな彼を、受験勉強の息抜きに遊べ、と昨夜無理矢理予定を空けさせて待ち合わせをしたのだ。
無茶なことをしている、それは自分でもよくわかっている。
断られればそれはそれでいいとも思っていた。
不平を聞かせて、後日に予定を廻せばいいだけのことだから。
けれども十九郎は希沙良の要求を尊重する。
「わかった、なんとかするよ」と、最終的には希沙良の望み通りにはからってくれる。
そう、『いつも』。
負担になっていると感じることはよくある。
こんな我がままばかり言っていていいのかと、いつか見捨てられるんじゃないかと思うときすらある。
(けど、あいつはいつもああだから)
初めて自分を大好きだと、何があっても嫌いにならない、と言った十九郎、
その彼自身が、それで良いというのだ。
だから、自分は悪くない。
嫌われるようなことは、何もない。
そう思ってるから、問題ない。
(そう、俺は悪くない)
悪いのは全部あいつだ。
この胸の苛々は、自分の所為ではない。
心の中でそう断定して、希沙良は改札口の方向を見た。
十九郎は、まだ来ない。



わぁ、雪、と誰かが言った。
騒然としている空間で、なぜかその言葉だけが聞き取れた。
周囲を見渡すと、いつのまにか細かな雪の粒が空から舞い降りている
道理で寒いわけだ、と希沙良は納得する。
真っ白い綺麗な雪。
自然のいたずらでこの街にまたひとつ増えた現象は、存在の疑問を抱かれず自然に浸透していく。
あるべくしてあるもの。
だから、受け入れられる。
地面に落ちれば程なくして溶けてしまう、僅かな間の幻。
いつまでも、地面が訪れなければいいのにと願ったら?
形を変えずに、いつまでも、いつまでも、そのままで。。。



ふと、自分の五感が良く見知った人物の気配を察知する。
意識するよりも早く、自然と視線がそちらに向かう。
『いつものこと』である。
「ごめん希沙良、遅くなって」
決して大きくはない声、普通ならばこの場所でかき消されてしまうほどの大きさなのに、里見十九郎の声は、なぜかよく聞き取れる。『昔から』。
「10分」
わざとらしく大げさな身振りで腕時計をチラつかせ、不機嫌な声を返す。
そんな希沙良の仕草を見て、十九郎は穏やかな笑みを見せた。
「ほんとに、ごめん。何か埋め合わせをするよ」
予測どおりの言葉に、希沙良は即答する。
「当然。…じゃあとりあえず、何かあったかいもん飲みてえな。」
「だったら…少し離れてるけれど、この前行った喫茶店にしないか?映画館の下にある」
「いいぜ、どこでも」
店に向かってゆっくりと歩き出す。
人で溢れかえった街の中を二人並んで歩くのは至難のわざだけれど、それでも隣にいく。
自分よりも少しゆっくりとした十九郎の歩測に合わせて歩いていると、次第に自分の心が暖かいもので満たされていく感じがした。何の意味もないような些細な話題であっても、他の誰と喋るよりも心にくる。
ふと、隣の従兄に目を遣る。
いつものように、笑みを浮かべて自分の話を聞く姿を見て、それから視線を僅かにおとす。
「なあ十九郎」
「ん?」
「コートに、雪くっついてる。…そこじゃなくて、横。袖んとこ」
希沙良に指摘された場所を見て、十九郎はああ、と呟いた。
ついている雪をそっと手に取ると、それは瞬時に指先で溶けた。
「傘を忘れてしまったね。雨にならなければいいけれど」
「大丈夫じゃねぇの?すぐに室内入るんだしさ」
帰るときにドシャブリにでもなったら、その時に調達すればいい。
「めずらしいよな。東京で12月に雪降るなんて」
ぽつりとこぼした言葉に、十九郎は笑って答えた。
「クリスマスが近いから、サンタクロースがサービスしているのかもしれないよ」
「…それにどうコメントすればいいっていうんだお前…。」
聡明な従兄の(というよりは一般高校生男子の)発言にしてはあまりにもメルヘンな、少女趣味の一言に希沙良は一瞬眉を寄せた。放つ言葉にも溜息が混じる。
けれども言った本人はまったく自分の発言について動じることなく、そのままの口調で言葉を続けた。
「ありがたく喜んでおけばいいんじゃないかな。滅多にないものはそれなりの価値があると思うよ。…害がない限りはね」
「ガイがあったらどうなるんだ」
その直後、僅かな空白が訪れた。
何気なく尋ねたことが何か問題でもあるのだろうか、と希沙良は再び隣に目を向ける。
十九郎は、しばらく無表情な顔をして、なにやら考えているそぶりを見せる。
そして、低い声で一言、言った。
「排除すればいい」
冷たい表情で、断定した口調の彼の言葉を耳にし、緊張が走る。
「……」
何か言おうとするけれども、言葉が出てこない。
どうしようもなくて、希沙良は息を飲んだ。
しかし直後、張り詰められた空気は穏やかな声によって霧散した。
「…たとえば、これから暖かいお茶を飲むようにね」
「え」
「雪は綺麗だけれど寒くて仕方がない。早く暖かい場所に行きたいね」
再び浮かぶ十九郎の笑顔。
「…ッ」
突然茶化すから、希沙良は詰まってしまった。
さっきの言葉は彼の垣間見せた本心の一片だと思ったのに。
「どうした?」
声をかけられて、希沙良は慌てて相手を見た。
いつもと変わらぬ、深くて穏やかな瞳。
「いや…お前はやっぱお前だよな。」
「そうかな」
「厄介だよな、かなり。…俺は別にいいけどさ」
「それは感謝するべきなのかな…」
苦笑する十九郎。
「いくらでもしとけよ。…ああマジ寒い。凍える絶対。さっさと行こうぜ」
すっかりかじかんだ手に息を吹きかけながら希沙良は言い、歩速を僅かに早める。
隣には、自分のペースに遅れることなく歩く十九郎の姿があった。
暖かい喫茶店までは、もう少しの距離があった…。




fin.

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