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光ある世界(諒+亮介)




終焉を見た
静かだった
拍子抜けするほどにあっけないその光景は
目の前を一瞬で駆け抜け
その衝撃を瞳に焼き付けさせる
「光」のようだった




そこに行き着くまでの長い困難な道のりなど何も意味もないかのように「終わり」は訪れ、続く『日常』はこの手に戻ったけれど。それが全てへの終わりだなんてことはなくそれまでの日常も非日常も、手にした今には同じように影響している。
すべてがつながっている。
それはきっと、亮介だけではなく、誰にとっても。


コンコンと窓を叩く音に、崎谷亮介は目の前のキャンパスへの集中を解き、音のする方へと視線を向けた。午前0時をまわるこの深夜に、それも窓をノックする人間など、亮介は1人しか知らない。光を遮断する厚めのカーテンを開くと、そこには思ったとおりの人物がいた。窓のロックを外すと、その人物−−−水沢諒は軽い口調で夜の挨拶を述べた。
「こんばんわー」
なれた仕草で汚れたスニーカーを脱ぎベランダに転がすと、諒は軽い足取りで部屋の中に足を踏み入れた。
「相変わらず」
一通り部屋を見回して、諒はそんな感想を述べた。
「戻ってからも、部屋の模様替えとか特にしてないから」
亮介は、諒と共に暮らしていたアパートを引き払い実家に戻っている。
昨年の8月に家を飛び出してから1年強の家出期間を経て戻った自室。
両親からは少なからずの叱咤と、同じくらいの安堵をもらい、今に至る。
それから2ヶ月程たった今も両親の態度はまだよそよそしさを見せているけれど、それも次第に薄れていくだろうから、亮介はあまり気にしないようにした。壊れた関係をたやすく修復できるなんて手放しに思えるほど、亮介は子供ではなかった。
「諒は今、新宿?」
アパートを共に引き払ったとき、諒は一度広島に帰った。戦いに一応の決着がついたことを家族の墓前に知らせるのだと、言葉を置いて。それから諒はすぐに東京に戻ることはせず、いまだ発生する事件を追って、九州へ移動したと冴子に聴いたのは半月ほど前のこと。諒自身からは何の知らせも無く、たった今彼が姿を見せたことで、東京に戻ってきたことを知ったのだった。
「うん。だから散歩のついでに、亮介に帰還の挨拶をしようと思ってさ」
そう言いながら、諒の手が亮介の部屋の冷蔵庫に伸び、中から缶のポカリスエットを取り出した。いただき、と悪びれなく言うと、プルタグを歯で器用にこじ開けた。ごくごくごくと音をたてながら缶の半分ほどを一気に飲むと、諒は軽く溜息をついて亮介の傍まで歩み寄り、右隣にどさりと腰を下ろした。
「何書いてんの?」
キャンパスに散らばる様々な色彩。
それを見つめた諒には、亮介が何を描こうとしているのか、判断がつかなかったようで。
己の画力不足かな、と亮介は思う。
「まだ、完成してないんだ」
何を、という問いかけには応えずに、亮介はそんな言葉を返す。
答えを避けたということに気づいたのか、諒からは今度は異なる質問が発された。
「大学、どうすんの」
話題が変わった事に正直安堵しながら、亮介は答える。
「…とりあえずは、文系志望で」
右手に絵筆を持ったままであることに気づき、パレットの上に置いた。
「絵は?」
「絵は続ける。美大についてはもう少し考えてみるつもり」
趣味のまま絵を続けていくのか、それとも将来のことを考えながら描くべきなのか。
その答えは、まだ亮介の中では明確になっていない。
「今じゃなくたって、その気になれば美大には行けると思う」
答えがきちんと出れば、行動にだってたやすく移せるはずだから。
今は、もう少しだけ考えていたい、というのが亮介の正直な気持ちだ。
「時間はきっと、たくさんあるんだ。」
それが、亮介が今出せる、ギリギリの答えだった。
「そっか」
かみ締めるように紡がれる、決意にも似た親友の言葉に、諒はそんな一言を返した。
「諒は?」
逆に問われて、諒は手の中の缶ジュースを弄びながら、あっさりと答えた。
「俺は理数系よ。都内の大学をいくつか受ける予定だけど、どうだろうな。すぐやめちまうかも」
「落ち着くのか」
これまで斎伽忍の命令で全国を行脚していた諒が、一箇所に落ち着く、というのに亮介は少し違和感を感じた。
「それもまだ、よくわからない」
けれども、諒が日本中を回っていた理由は、『非日常』の事情によるところが多く、一応とはいえ決着がついた今、もう彼が妖者退治の専門家として各地を回る必要も、なくなっていくのかもしれない。これから先、彼の特殊能力が必要とされる事態は確実に減っていくのだろうから。
「ただ…」
ぽつりと言葉を切って、諒はつなげた。
「広島の大学を少し、受けてみようかと思って。受かったって行くかどうかは迷ってるんだけどさ。なんとなく」
まだ考えあぐねていることを、口にすることで事実にしようとしているかのような印象。
「そっか。」
彼の心中を無粋に探るようなことはせずに、亮介は短く言葉を返した。
「うん」
諒はそう言うと、再びポカリを口に運んだ。
言葉が無くなる。諒との沈黙の時間も決して居心地の悪い空間ではないけれど。口にしたい言葉が生まれて、亮介は口を開いた。
「昔、俺の絵が、人の見えてないものを見て描いたみたいだって言われたことがあって」
「ああ…」
随分と前にも亮介が同じような事を話題に出したことがあったな、と古い記憶を呼び戻す。
「それを聞いて、俺は自分がひどくズルいことをしてる気がしてたんだ」
缶に口をつけたまま、諒は顔だけを亮介に向ける。
「だけど、よく考えたら、そんなことはないんじゃないかと思って。誰一人として、自分と同じ景色を見てる人間なんて、いやしないんだなって。…そう、たとえば、ここから俺と諒が冷蔵庫を見るとしたって、見てる位置も視点も、物に対する捉え方も、少しずつ違うみたいに。」
穏やかに語る亮介と、視線が合った。
「だとしたら…俺は俺の感覚を、そこから表現する絵を、自分の個性だと思ってもズルい事なんてないんじゃないかと思って。」
どうなんだろう、と遠慮がちに問いかける亮介の瞳を受けて、諒は口につけたジュースの缶を床に置いた。
むむむむむ、とわざとらしい声を発しながら両手を組んでみる。
しばらくその姿勢を崩さない諒に呆れ顔を向ける亮介を捉えて。
それから、諒は組んだ両腕をほどいて、左掌を亮介の頭に乗せてがしがしと撫でてみせた。
「えらい!」
そんな言葉と共に乱暴に頭を掻き回す手を、苦笑交じりの「やめろよ」という声と共に引き剥がし、その腕を掴んで亮介は続けた。
「非凡な人をたくさん見たよ。そんな中で、俺だけが何もなくて、普通でと凹んだ時もあって。」
けれど、と亮介は言う。
「だけど、俺の普通が他人にとって非凡であること、他人にとっての普通が俺にとってはそうでないことも…そして、そんな違いが日常だって、おかしくないのだと…わかったから」
諒は、親友の表情に微笑が浮かぶのを見た。
「お前も含めた、皆がいたから、そう思えた。…すごく良い経験をしたと、今は思う」
心からの、正直な、言葉と表情。
それだけで、満たされた。
「…ありがとう」
諒はぽつりと言った。
何に対しての、と言葉にはしなかった。
知り合ってからの、様々なこと。
傷つき傷つけ、時には敵対したりもして。
普通に友情を育めたならば良かったのにと悔やむこともしばしばだった、過酷な体験も。決して良いばかりではなかった今までの月日が、全てが、今の亮介が思い至る確信の糧となっているのならば。
それだけで、救われる奴はいる。
…自分を含め、決して自分だけではない人間が。
そのことへの、礼のつもりだった。
亮介には伝わっているだろうか。
「ありがとう」
届いて欲しい、そんな気持ちから、諒はもう一度感謝の言葉を繰り返した。今はもうない『存在』への祈りと共に、かの許へ先程の亮介の言葉が届けば良いと、願いながら。
諒の礼に対してどんな言葉をかけるべきか、亮介は悩んで。謙遜の言葉のかわりに、先ほど避けた絵についての問いかけの答えを、口にした。
「光を、描きたいと思ってるんだ」
諒に向けていた視線を、キャンパスに移す。
いまだ形定まらず、様々な色彩のみをのせているキャンバスを、挑むように見つめる。
「俺の捉える光、それに包まれる世界…それをこのキャンパスの上に、満足に表現できたら…素敵だとそう思う。」
光。
それは、心に宿る光でも、存在として語られる光の化身としてでも良い。
亮介の捉える光を、形にして人に伝えることができたならば。かの存在への亮介の想いを、そのイメージを、衝撃を、亮介自身の心だけに留めておくことなく、誰かに伝えられるかもしれない。
そんなことを、亮介は思った。
「…できるよ、亮介なら」
亮介の言葉をかみ締めるように聞いていた諒が、ゆっくりと言葉を口にした。
その言葉は亮介の中にゆっくりと浸透していく。
優しい感情とともに、エールとなって。
「いつか、諒にも見せるよ。…見せられるようなものができたら」
亮介は親友の励ましに、そんな言葉を返した。
しばらくの沈黙を経て、諒はぽつりと言った。
「…待ってるよ、いつまでだってさ…」
そんな言葉を発した諒の頬には、一筋の涙が伝っていた。




fin

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