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桜の刻3:在る光(諒+冴子)



ガタンゴトン、とコンスタントに揺れる電車の中で、窓べりに肘をついて外を眺める。
一個車両のこの電車は、のどかな田園風景を抜けて緑深く道を行く。

(へんぴなところに別荘を持ってるんだな)

デジタル仕様の腕時計にチラリと目を移す。14時32分。
午前11時に六本木にあるマンションを出たのだから、かれこれ3時間半は経過したことになる。
随分な長旅だ、と諒はため息を一つつく。

(こんなに長い時間、外に出っぱなしなのも、久しぶりだ)

昨年の夏、家を燃やし家族を殺し、故郷である広島から遠く離れた東京に身を移してから半年以上が過ぎた。
暴走する術力を抑えきれずに、自らをも燃やしきるか、自我を殺され妖たる存在に身体を奪われるかの瀬戸際で、他人の手を借り戻された命。望んでもいないのに。

斎伽忍。
それが、自分の心と命をこの世にとどめた人間の名前。
親切心からのお人よしな行動などではない。何か意図があるのだろう。
けれどそんなもの、自分は知りたくもなかった。
自分が忍に問いただしたことは、一つきりだった。
自分を生かしたことの意味。
彼が自分に望む意図ではなく、水沢諒という人間の命を留めたことへ。
理由を聞きたかったのではない。
何かの間違いではないかと、「やっぱりお前を生かしたのは間違いだった」という訂正の言葉を聴くことを、そして自分の命を奪ってくれることを。期待して、諒は問いかけた。

『なぜ、俺を生かした』

忍はいつだって、笑った。まるで嘲るように。お前など死ぬほどの価値もないのだと罵るように。
言葉にすることもなく、ただその妖艶な顔に浮かべる微笑を、諒に向けた。
身体一つで突進しては返り討ちにされ、その度に冴子が非難と心配の声と涙を浮かべて。
それが毎日のライフワークのように、繰り返され、時が流れた。

確かに流れているはずの時は、閉塞的な空間の中で流れたものであり、外の時間とは必ずしも一致してなかった。

(もう、桜が咲く頃なのか)

都会に建てられたマンションの907号室からみえる景色は同じような高さの建物や、豆粒のように小さく見える歩行者の姿や、灰色がかった空など、無機質なものに囲まれていて。いつだってそんな景色ばかりが見えていたから、諒はいつしか季節の感覚を忘れていた。
今電車から見える外の景色は、冬が終わりを告げ春が訪れ、命の息吹溢れる緑と青空が一面に広がっている。そして一層の目を引く、桜の木。電車の通る線路からは少し離れた場所にある小さな山は、白とピンクの淡い色彩で埋め尽くされているように見えた。
思えば、手袋なしで平気に外に出ている今日。
電車の中は暖房などたいしてきいていないのに、ほのかに暖かささえ感じる。
差し込む光は厳しくも儚くもなく、暖かく包み込むようで。

諒の周りのありとあらゆるものが、春を教えている。

「もう、春か…」





あの夏の日から、季節はもう3つ過ぎてしまった。
時間は流れている。
諒の感覚よりも、確実に速く。





『お前に聞きたいと思っているよ』
忍は別荘の住所と交通アクセス方法の書かれたメモを諒の座るフローリングにはらりと落としながら、そんな事を言った。そろそろ、お前は決めるべきだと。
何を、とは問いかけなかった。
それを肯定と判断したのか、忍は日時を指定して、此処に来るようにと指示した。忍の顔には相変わらず笑みが浮かんでいたけれど、諒は殴りかかることなく無言のまま小さく頷いた。


決断の時。
遠くない未来の時間を前にして、頭の中は、からっぽだった。





よく言えば自然に囲まれた、悪く言えば、住人や訪問客の都合を考慮に入れていない、便の悪い場所に建つ2階建ての大きな屋敷の扉を前に諒は立っていた。呼び鈴を鳴らしてから30秒ほど経過するが、扉の開く気配はない。もう一度鳴らそうか、と手を伸ばしかけたとき、厚い扉の奥から人の足音がした。
「いらっしゃい、諒」
両手で扉を開き、迎え入れたのは冴子だった。
少し息の弾んでいる様子からみるに、屋敷の中をかけていたのだろう。
外観を眺めるだけでも広いことを十分に把握できるこの屋敷は、立地だけでなく建物の中の構造も、利便性は低そうだと諒は内心で思った。
「・・・お前もいたのか」
忍のいるところに頻繁に出没するこの少女の存在に、今更驚くことはしない。
「ええ。」
頷く冴子に、諒は続けた。
「どうりで、マンションの方にいないと思った。」
「ごめんなさいね、実家に戻ったり、少しばたばたしていたものだから。連絡忘れてたわ」
苦笑する冴子に、諒は別にいいよ、と呟いた。

「綺麗ね」
諒を屋敷の中に導くために、扉を大きく開け放った冴子は、ふっと視線を外に向けて言った。
「・・・何が」
淡々とした口調で問う諒に、冴子は呆れ顔を向け、また視線を諒の背後の外に向ける。
「桜よ。この満開の桜を前に、何言ってるのよ」
冴子の視線の向かう先を振り返り、視界に映る景色。
諒は桜に囲まれた道を歩いてきたが、向かう先一点を見て歩いていたために、頭上を注視することも、足元に落ちている花びらを眺めることも意識していなかった。
意図して桜を見た今、諒はその壮絶な光景に、言葉を失って見とれた。
「こうして満開の桜を見られるなんて、春っていいなあ、て思えてこない?」
そうだな、と見惚れたまま答えて、ふと視線を戻すと、冴子はいつのまにか数歩歩いて諒の隣にいた。
ゆるやかなウェーブの髪が、やわらかな風にのって揺れる。
顔を上げて瞳に映る美しい光景に、整った顔にほほえみが浮かぶ。
冴子よりやや高い位置から見下ろして、諒は思わずドキリとした。
「ほんとに、綺麗」
綺麗、と呟く冴子。柔らかな桜色の唇。
「・・・お前のほうが、よっぽど・・・」
気がつくと、そんな言葉が諒の口を伝って出てきた。
「何?」
「・・・いや、なんでもない」
疑問の表情を浮かべて諒を見上げる冴子に、諒はあわてて否定する。
自分は何を言おうと思ったのか。
考えてではなく思いつくままに出てきた言葉の続きが、自分でもわからない。
わかるのは、なぜか恥ずかしい、ということだけだった。
「何よ」
怪訝なまなざしを受けて、諒はぶっきらぼうに答える。
「なんでもねえよ」
そして、続けた。
「・・・忍に会いに来た。あいつはどこにいる?」
それとなく、諒が此処に来た経緯は忍から伝わっているのだろう。
冴子はどうして、と問うこともなく、静かに頷いて言った。
「二階の奥にいらっしゃるわ。部屋の前まで案内するわね」

諒を招き入れると閉じられた扉は、桜で彩られた空間を遮断した。
なんとなく窮屈だと、諒は思ったが、それは室内から感じられる圧迫感と、忍との対峙を前にした緊張感からくるものだった。

「お前は入らないのか?」
土足のまま階段を上りながら、諒は尋ねた。
「ええ」
「いつもの冴子なら」
当たり前のように、忍と自分のいる空間に存在するのに、と諒は続けようとするが、少し前を歩く冴子が階段を昇りきると、諒を振り返り、遮った。
「・・・忍さまと1対1で、話すべきよ。」
きっぱりとした口調。
「・・・そうか・・・」
特に反対する理由もなく、諒は頷くことしかできなかった。
奥の部屋に通じる廊下を並んで歩きながら、冴子は名前を呼ぶ。
「諒」
視線だけ隣の少女に傾ける。
「・・・あなたは、もう自由なのよ」
諒を見上げる視線と自分がぶつかり合う。
まっすぐすぎる、冴子の瞳。
「自由ってなんだ」
進むべき正面を向き直ることで冴子から目を反らし、呟く。
「それも、あなた次第だわ」
「なんだそれ」
可笑しいわけでもないのに、笑ってしまった。
そんな態度にムッとする様子もなく、続けられる冴子の言葉。
「あなたが望む道、それを進む過程、それらすべてが・・・自由なのよ」
まっすぐ向けられる言葉と同様に、冴子の視線は自分に向けられたままなのだと、正面の扉を見ながらもなぜかわかった。
「・・・そんなこと、ないさ」
やんわりと告げた否定の言葉は、けれども冴子の言葉を止めることはない。
「縛られる道を選ぶとしても、それでも選択の自由は与えられる。あなたは、もう『自由』を与えられているの」


『自由』
その響きの、なんと空虚なことか。
自由に大空を駆ける鳥、に幸福をなぞらえた詩がどこかにあった気がする、
けれど鳥が空にしか安らぎを見出せないのならば、その鳥は空に縛られているのではないか。
空にあるべしと定義づけられる戒めは、鳥を幸福にするのかそれとも不幸にするのか。
そんなもの、誰にだってわかりはしない。
当事者たる、鳥自身にでさえも。

『自由』とは、何か。
『幸福』とは、何か。

例えや対象が変わろうと、結局は同じ命題に突き当たる。


「自由と、幸せは同義じゃないってことか」
扉の前で、二人の足は止まる。
冴子はドアノブに手をかける。
「・・・自由でも身柄を拘束されてても・・・幸せじゃない人もいるから」
諒ではなく、扉を見つめる冴子の声に震えを感じて、諒は隣に視線を移した。
「それは・・・」
「幸せになってほしいわ、私・・・」
扉を見つめたままの冴子の横顔はとても寂しそうで。
まるで泣いているような、願っているような、そんな表情だった。
諒は、扉に手をかける冴子の手を掴んでゆっくりと下ろすと、自らドアノブに触れた。
「…じゃあ、行くから」
冴子の悲しさに包まれた空間を拭うように、諒は切り出した。
「いってらっしゃい」
諒にかけられた言葉は、震えてはいなかった。
「行ってくる」
そう応えて、諒は扉を開いた。
冴子は諒に背を向けて、廊下を引き返していった。





扉を開くと、そこは桜に彩られた別世界。
屋敷の入り口で見た景色とはまた異なる印象。
開け放たれた大きな窓から、溢れんばかりの桜が舞い、風がそよぐたびに、花びらが舞い込んできそうな・・・異空間。
その異空間を形成する、もうひとつの要因が、ゆるりと語りかける。
桜を圧倒する存在感、そのオーラはひどく抑えていても人を遥かにに凌駕する・・・『神』の気を持つ者。
「よく来たね、諒」
風にのりささやきかられるような、音の調べのような声。
漆黒の瞳に迎えられ、吸い込まれるように諒は部屋の中に足を踏み入れる。

諒は、決断を迫られる。

神のような、否、神たる存在に。
己という光が、どこに在るべきかという決断を。





fin

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