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メリーメリー(諒・希沙良) 

「ねえ」
「……」
「ちょっとそこの人」
「……」
「もしもーし」
「……」
「いーずーみーきーさーらーくーーーん!!」
「でっかい声で人の名前叫ぶんじゃねぇっ!!」
「なんだ、聞こえてたんじゃないですか。無視するなんてひどいっ泣いちゃうっ」
「うぜえな!何なんだよ!」
十二月二十四日クリスマス・イブの今日、渋谷駅ハチ公前はおそろしい程の人で溢れかえっている。それだけでうんざりしてしまうのに、よりによって隣にいるのは大嫌いな人物なのだ。無視したくなるのも当然だろう。
「約束の時間まであと何分?」
へらへらした顔でそう訊ねる隣の男に、希沙良は眉間の皺を深くした。
時間が知りたいなら自分の携帯でも見ろと言いたかったが、彼が今日携帯を忘れて来たと言っていたのを思い出す。
(つか腕時計くらいもってないのかよ)
これだから遅刻魔はとますます苛立ちが募る。
思い返せば今日だって、約束の時間から三十分は待たされた。
遅れてやってきた彼にふざけるなと怒鳴ったら、返ってきたのは三十分なら早い方だというとんでもない返事だったのだ。こんな人物にはまともな対応を期待するだけ無駄だろう。
腕時計は、午後四時二十八分を示していた。
辺りは薄暗くなってきたが、渋谷の街はこれからが本番といわんばかりにますます多くの人間が溢れてきている。
「あと三十分」
短く答えると、相手はふぅ、とため息を吐いた。
「時間が経つのが早いんだか遅いんだかわからんね」
「おそろしく長いだろ」
希沙良はそう返しながら、こちらももう何度目かになる大きなため息をついた。
最も混雑している場所から少しだけ離れた場所に、この大嫌いな相手と並んで腰掛けて人波を眺めることかれこれ二十分。寒さのせいか、それとも周りの人間が慌しく見えるせいか、時間はひどくゆっくりと流れているように感じる。
希沙良はゆるゆると息を吐きながら、ちらりと隣に目をやった。

……正直一緒にいて、辛い相手ではないのだ。
存在を意識しないですむという点では楽な相手とも言えるのかもしれない――水沢諒は。

そう思えるくらいには、彼に慣れてきたということかもしれないが。
「しかしすんごい人だよねー」
独り言のように呟く諒に、希沙良は無言で彼の視線を追った。
確かに諒の言う通り、どこもかしこも人、人、人、人の山だ。
「この際もう現地集合でいいんじゃねぇの。今日みたいな日に、こんな場所でわざわざ待ち合わせするなんて馬鹿のすることだろ」
希沙良がそう言うと、諒はわざとらしくええっ!と叫んだ。いつものことながら、苛立つくらいのオーバーリアクションだ。
「誰だっけ誰でしたっけ?里見さん東横線だし俺と亮介は山手線だしっていうかそもそも自分ちが渋谷だから待ち合わせ場所は渋谷にするって言ったのどこのどちらさまでしたっけ!?」
「うっせぇな俺だよ!悪いかよ!」
希沙良はそう怒鳴り返し、バツが悪くなって視線を逸らした。
『せっかくのクリスマスなんだから、24日はパーティーするわよ!』
そう言って全員に徴集をかけたのは、言わずと知れた七瀬冴子である。場所はもちろん、斎伽忍のマンションだ。
何が楽しくてクリスマスに彼らと顔を合わせねばならないのかと思うけれど、自分だけが蚊帳の外に置かれるのは我慢できず、希沙良も渋々参加を了承したのだった。
そんなわけで今日は六本木でクリスマスパーティーが開かれる予定なのだが、それにあわせて「日頃お世話になっているお礼に、みんなで夏江さんにプレゼントをしよう」と言い出したのは亮介だった。
それに関しては希沙良も同意見だったので、賛成したのだが――。
(こうなるって知ってたら、賛成しなかったっつーの)
冴子と亜衣は一足先に忍の部屋に集合し、パーティーの準備をすることになっている。
何かと多忙な十九郎とは五時にここで待ち合わせしていて、夏江へのプレゼント選びは亮介と希沙良、そして諒の三人が担当することになっていた。
ところが亮介は急遽美術部の集まりに顔を出さねばならなくなったとかで、やってきたのは水沢諒一人だったのだ。亮介は十九郎と同じく、五時に合流するらしい。
正直なところ、水沢諒と二人でプレゼント選びをするくらいなら一人でさっさと選んでしまった方が気楽だった。しかしだからといって、お前は帰れと突き放すわけにもいかない。
ああでもないこうでもないと言い争いしながら、なんとかプレゼントを買い終えたのは今から二十分前のことだ。約束の時間までは一時間弱もあったが、近くの店に入ろうにもどこも混雑していて、二人は結局待ち合わせの場所で亮介と十九郎が到着するのを待つ事にしたのである。
「――あ!」
ぼんやりしていると、突然諒が声をあげた。
「何だよ、いきなり」
「ちょっとこれ持ってて」
諒はそう言ってさっき買ったばかりの夏江へのプレゼントを希沙良に押し付けると、すっと立って歩き出す。希沙良は眉を寄せ、離れていく背中に声をかけた。
「おい!どこ行くんだよ!」
「ちょっとそこまでー」
そんな答えと共に、諒は人込みの中に消えてしまった。身勝手な奴だ。
(まあいいか)
二人でいるより、一人の方が気が楽だ。
お互い子供ではないのだし、時間にこなければ置いて行けばいい。
希沙良はプレゼントを抱え直し、目の前を行き交う人の流れを見つめた。
少し前までは、こんな風景を見ても、何も考えなかったし何も感じなかった。
これは所詮、ただの景色に過ぎなかったから。
けれど、今は違う。
こうして目の前を行き交う人々の一人一人が、それぞれ一生懸命生きているのだと、そう思うようになった。何も考えていない人間なんていないのだと。

『優しくなったね』

誰だったかは忘れたけれど、そう言われたのを思い出す。
自分ではよくわからないが、昔の自分からは大きく変わったのは事実だ。
ある意味では弱くなったのかもしれない。だけど同じだけ強くなった。
希沙良はマフラーに顔を埋め、ふと足元に視線を落とした。
そこでもまた、たくさんの足が行ったり来たりするのが視界の隅に映る。

(――ああ)

何がどうしたというのか、突然泣きそうになって希沙良は小さく舌打ちした。
ただこれだけのことに、やたらと感傷的になってしまうのはなぜなのだろう。
そうして俯いたまま目を閉じていると、頭上から声が降って来た。
「お兄さん元気ないねぇ、どうしたの」
その声に瞼を開くと、薄汚れたナイキのスニーカーが目に入る。どこぞへ消えたと思っていた彼が戻ってきたようだ。彼は希沙良が何かいうより早く、すっと缶コーヒーを差し出した。
なにかと思えば、こんなものを買いに行っていたのか。
希沙良が無言でそれを受け取ると、諒はさっきと同じ場所に腰掛けながら「百二十円」と言った。
「んだよ、奢りじゃないのかよ」
「当たり前でしょ」
「クリスマスだろ」
「俺たちってプレゼント交換し合う仲でした?」
希沙良は冷ややかに諒を見て、次に手の中のコーヒーへと視線を落とした。
缶コーヒーは好きではないが、とりあえずブラックなのでよしとする。
プルトップを開けて一口飲むと、熱いコーヒーが冷えた体にしみわたった。案外美味いと感じるのは、この寒さのせいだろうか。
「ねぇねぇ和泉くん」
しばらく無言でいると、諒が突然思い出したかのように話し掛けてきた。
「俺さっき、これ貰っちゃったんだけど」
彼はそう言ってダウンジャケットのポケットからなにやらチラシのようなものを取り出す。
今度は何だと眉間に皺を寄せながらそれを受け取ると、「クリスマス大サービス」という蛍光ピンクの大文字が目に飛び込んできた。これは俗に言う『ピンクチラシ』という類のものだ。希沙良は呆れて目を眇めた。
「お前なぁ……」
「せっかくだから和泉くんにあげる。俺からのクリスマスプレゼント」
「いらねぇよ!」
「あ、なぁーんだ残念」
「……呆れて声も出ねぇよ……」
「大丈夫ちゃんと出てるから」
「こういうのは崎谷にでもやれ」
「な、なんつーことを!!亮介くんにこんな大人の世界はまだ早いと思うっ!」
「だからだろ。つかそう思ってるのはおまえだけなんじゃねーの?ああ見えてあいつも結構――」
「うっわーやだやだやだ。何言い出すんだこの人はっ!やめてくださいねっ、うちの亮介に変なコト教えないでよねっ」
「誰がだよ!元はといえばお前がこんなん持ってくるのが悪ぃんだろ!」
「時にきーさん」
「だからその呼び方はやめろって!」
「こういうお店行ったコトある?」

諒の質問に、一瞬の間が生まれた。

「あ……るワケねーだろ!」
「あっやしー!何今の間!今度俺も連れてってもらおうかな」
「誰が行くか!」
(やっぱりコイツ馬鹿だ……)
希沙良は心底呆れ返って諒にチラシを押し返した。
すると諒は「残念」と呟き、そのチラシをくしゃくしゃに丸めて放り投げる。チラシは弧を描いて、正面のゴミ箱に綺麗に入った。
「ったく……」
まったく、いちいち疲れる相手だ。
ため息を吐きつつコーヒーを口に運ぶと、ふと隣から視線を感じる。希沙良はそろそろと顔を上げた。
「何だよ」
「いやいや。元気になって何よりですなぁと」
思いがけない彼の答えに、希沙良は再び言葉を失った。
「なーんて口に出して言っちゃうあたり俺って卑怯だよね」
諒はそう言うと、あははと笑う。
希沙良は唇を結び、僅かに目を細めた。
(だから好きじゃないんだ)
こんな風にいちいち目聡くて、その上変に恩着せがましくて。
(……こんな奴)
無言のままジャケットのポケットを探ると、百円硬貨一枚を見つけた。
「ほら」
そう言って百円玉を差し出すと、諒はうん?と目を瞠る。
「俺、百二十円って言いましたよね」
「百円にまけとけ」
「うわケチーっっ!」
「どっちがだよ!」
そんな言い合いを繰り広げながらちらりと時計を見れば、十九郎たちとの待ち合わせの時間まであと十分をきっていた。きっと間もなく、二人がやってくるだろう。
「ちぇーっ、奢って損した!」
「頼んでねえし」
「人の親切に対してその言い草はないと思う!」
「どこが親切だよ。押し売り同然だろ」
「おっ、深いことおっしゃるねえ。親切っていうのはある意味押し売りだよねえうん」
いったい何が楽しいのか、諒はあははと声を上げて笑う。
彼にはうんざりさせられてばかりだけれど、約束の時間まではあと数分だ。
せめてそのくらいは、こいつと二人でいるのも我慢してやるか。
希沙良はそんなことを考えて、温くなったコーヒーをぐっと飲み干した。

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