「くそっ・・・」
逃げ行く妖者の後姿が見えなくなり、苦い顔で舌打ちする。
髪の毛をグシャグシャと掻きまわし、回り右して走り出した。
ここに来てからもう3週間以上経ってるという事に、あせりの色が出始めていた。
(・・・早くしないとまた嫌がらせされるからなぁ)
東京での待ち人を思い、苦笑する。
今頃、何をしてるんだか。
大学?あやしげな通販?どうせ亮介やら里見さんやらと楽しくやってるに違いない。それならそれでいいのだ。
でもなぜか、こんな時はあいつの青白い表情ばかりが浮かんでしょうがない。
――早く。
まったく先に進まない現状に苛立つ自分を振り切るように、走るスピードを上げる。
坂道を一息で駆け上ると草原の上に身を投げ出し、空を睨んだ。
数分遅れて冴子が現れ、少し離れた位置に無言で座り込んでいた。
穏やかな風に髪をなびかせて、泣きたくなるような気分で唇を噛む。
進むしかないのに。
――急がないと。
(・・・そんな事、判ってるわよ。)
途方に暮れて座り込み、俯いたままの冴子が口を開いた。
「なめられたものね。」
「・・・ほんとにねぇ。」
背後からの声に、諒が溜息混じりに答える。
3度も同じ手で逃げられてる事にお互い、いい加減うんざりしていた。
どうかしてる。気ばかりあせって前に進めないなんて。
少し冷たい風が吹き抜けて、髪を揺らす。
ふと冴子が視線を上げてふわりと遠くを見つめた。
「出来の悪い部下を持って忍様がお嘆きになるわね。」
「・・・2人がかりでこの様じゃね。」
諒がちらりと冴子を見て悪戯っぽく言う。冴子が溜息と共に笑った。
「まぁ、出来の悪い子ほど可愛いといいますし。」
小さく呟くと、伸びをして立ち上がる。
乾いた冷たい空気が心地良い。
真っ直ぐに世界を見据えて、深く息を吸った。
「いつまでもこんなとこに居られ無いな。明日には撤収。これ絶対。」
”昨日も同じ事聞いたわよ”と言おうとして、冴子は言葉を飲み込んだ。
――その言葉が心強かったから。
「上手く行くさ。」
何か言おうとした冴子を遮るように諒が小さく付け足した。
そのまま振り返らずに、さっさと歩いて行く。
「置いてくぞー。」
諒の後姿を冴子は小走りで追いかける。
想いは一緒で。なんだかくすぐったい様な気分だった。
まだ大丈夫。
根拠なんて何も無いけど、2人ならそう思えた。
END