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follow wind (R+S)



帰宅ラッシュの時間帯にはまだ早い5時前、諒と冴子は忍から依頼されていた仕事を終えて、渋谷駅から六本木行きのバスに乗り、二人掛けの椅子に並んだ。
諒は窓際にどっかりと座り、窓を全開にすると、縁に肘をついた。
六本木通りを走るバスに吹き込む風はお世辞にも綺麗とは言えなかった。
排気ガスまみれの風を受けて、諒がつぶやいた。
「なんか夏が近いネェ」
「…そうね。」
日中の熱を残した街が、夜風に吹かれて、夏のような匂いを漂わせていた。
頭ではなく、身体が記憶している夏の出来事。
諒の身体は、きっと夏になるとあの日の出来事を無意識に思い出させるのだろう。
本人の意思とは裏腹に。
「諒?」
「ん?」
「あっという間に終わるわよ。夏なんて。」
「そうだね。」

「夏だけじゃないし、ね…。」

夏だけが特別じゃない。
一年中、罪のない人たちを殺めている。

「俺、いつかすんごい罰が当たるんだろうな…」
さっき手にしたばかりの玉を見つめて諒は言った。

(たとえば、最愛の人とは一緒になれないとか。)

そんなことを考え、冴子の顔を見た。

「もう当たってるわよ」
「え?」
思いがけない言葉を冴子は口にした。
「今。苦しいでしょ?」
「そらねぇ、あんなことした後だからね。」
祖父を亡くした悲しみに暮れ、妖の者に身体を明け渡した人を斬ってきた。
犯罪者でもなんでもなかった。
ただ、自分の祖父を、家族を愛していただけなのに。
「それがあなたに当たってる罰よ」
「そうなのかな」
「そうよ。辛くても苦しくても、独りで背負わざるを得ないんだから。」
「まぁ、ね。」
(独りで背負わざるを得ない…か…)
諒は目を閉じて、今日出会ったばかりの彼女の涙を思い出した。
確かに、人を斬りつけるときのあの感覚は誰とも共有できない。
玉を手にした後のやりきれなさと苦しみも。
罪悪感に苛まれ、眠れない日だって珍しくない。
けど、これが本当にあの日の罪の償いになっているのか、いまだにわからない。
罪に罪を重ねているだけな気もする。

黙り込んだ諒を見て、冴子が言った。
「そうやって、悩んで苦しんでるのが、罰がなんじゃない?」
しかし、相変わらず黙り込んでいる諒を見て、所詮、こんな気休めが通用するはずがないと諦め、話を切り替えた。

「今日ね、亮介ちゃんと亜衣ちゃんが夜ご飯一緒に食べようって。
亮介ちゃんが、ご飯奢ってくれるんだって。」
「アイツ、画材買わなきゃとか言ってたくせに…」
「亮介ちゃん、諒の仕事が終わるの待ってたのよ」
「金ないのに何を無理してんだか。」
「じゃぁ、今月の家賃、諒ちゃんが全部払ってあげたら?」
「アナタ、また過激なことを…。」
「いいんじゃない?亮介ちゃんの気持ちなんだから、素直に受け取れば?」
冴子がそう言うと、諒は席についた時から握っていた冴子の右手を
ぎゅっと握り締めてきた。
突然、力の入ったその手を冴子は不思議に思って、諒の顔を見た。
「…どうしたの?」
「…いや。別に。ただ、やっぱり俺、罰が当たる気がする」
「何それ。」
「冴子が凄すぎて。」
亮介も、みんな優しすぎて。
「素直に幸せって言ったら?」
冴子は呆れ返って、笑った。
「もったいなくて言葉になんかできんよ」

本当に心の底から君が隣にいてよかったと思う。



END

輝ける星(R+S)



「あぁ…えーと…すみません。気持ちは嬉しいんですが、俺、長谷川さんの気持ちには応えられないと思うんで…。」

真っ直ぐ自分に向けられた気持ち。
決して悪い気はしないが、断るたびに罪悪感を感じずにはいられない。
「やっぱり…ホントはわかってたの。ごめんね。」
人懐っこい笑顔を見せたものの当然のことながら、今にも泣きそうな顔だった。
その顔に胸がズキンとした。
「いえ…こちらこそ、すみません。ありがとう。」
ぺこりと頭を下げて、前髪をかきあげた。

「水沢君ってホント優しいよね。いいなぁ七瀬さんは…。」
「へっ!?」
突然、彼女の口から飛び出した名前に動揺した。
「そんなにびっくりしなくても、もうみんな知ってるよ。きっと。」
「そ…そーなんですか?」
「そーだよ。」
あははと笑いながら、あっさりと言い退けて、今度は曇りのない顔を見せた。
その笑顔に一瞬、心が惹かれた。
クラスの男子が騒ぐ理由もわかる。
確かにさっぱりとしていて、爽やかでかわいい。
「あ、言っておくけど、私が引き際いいからって軽い気持ちだと思わないでね?」
「…ハイ。でも長谷川さん、モテるんだから、俺じゃなくても…」
そこまで諒が言いかけると、彼女は諒の言葉をバッサリと遮った。
「わかってないね。水沢君。その理屈じゃ、水沢君だって、モテるんだから、七瀬さんじゃなくてもいいってことになるのよ?」
「あぁ…なるほど。」
妙に納得してしまった。
確かに、今の俺の理屈じゃ、冴子じゃなくて長谷川さんでもいいことになってしまう。
言ってる事とやってる事が矛盾する。
「それじゃダメでしょ?」
「ダメですね。」
「私も一緒。水沢君じゃなきゃ意味ないの。」

(あぁ…なるほど。)
この子に一瞬、ちょっと惹かれた理由がなんとなくわかった。
どこまでも真っ直ぐな想いだ。
正直、かわいいというよりも、すごくキレイだ。

「…スゴイっすね。その直球加減。」
心底感心してしまった。
「変化球投げれるほど器用じゃないから。私。」

(だから…そういうところが…ね…。)
誰かさんとそっくりだ。

「俺は好きですよ。そういうの。」
ポロッと本音が出てしまった。
言った後で、マズったと思って慌てて口をつぐんだが、すでに遅かった。
彼女の方に目を向けると、さっきまで真っ直ぐ前を向いていた彼女が俯いて、肩よりちょっと伸びたその髪で顔を隠していた。
「やだなぁ。水沢君…そういうところ、タチ、悪いよ……。」
「…すみません。そんなつもりじゃ…。」
小さく細い肩を目の前に触れることもできずに立ち尽くした。
その気もないのに、優しくはできない。
いっそこの肩を抱いてあげられれば、良かったんだけど…。
「謝んないでってば!もうっ…帰りなよっ!」
片方の手で顔を隠したまま、空いているほうの手で諒の胸を突いた。
「…じゃぁ…えーと。帰ります。」
自分の胸に押し付けられた細い腕をそっと優しく下ろして、諒は教室を後にした。



昇降口に着き、自分の下駄箱に頭をゴツンと当て、目を閉じて溜息をついた。
「はぁー。俺って、最低…。」

「八方美人。」
ボソリと耳元から低く小さな声が聞こえて、慌てて目を開けた。
「うをっ!さっ…さ…冴子さん!?」
「…何よ。人を化け物みたいに。失礼ね。」
「やっ…そんなつもりじゃ…不意打ちで会えた喜びをですね…その…。」
さっき、彼女に一瞬でも好意を抱いたことが諒にやましい気を持たせたのか、しどろもどろになる。
その場をうまく切り抜けることができずに、微妙な沈黙が生まれた。
「…しらじらしい。」
心なしか冴子の声が低い。
とぼけてみたものの冴子が何か気付いていることは、予想できた。
「えーと…もしかして、さっきの見てた?」
「…教室に二人でいるところが見えただけ…別に盗み聞きとかしてないから安心して。」
「ちゃんと断ったよ?」
「わかってる。」
「じゃぁ、なんでそんなに機嫌悪いの?」
「機嫌悪くなんかないわよ。」
「そ?…なら、いーけど…。」
居心地の悪い沈黙が二人を包んだ。
諒に怒っているわけではない。

「…諒、あーいうのしょっちゅうあるでしょ?」
「えっ…!?」
「出張先とかでよく言われてるでしょ?」
「そっ…そんなには……だいたい慣れてないし。」
「隠さなくたっていいわよ。」
諒の受け答えを見ていれば、すぐにわかる。
「冴子だってあるでしょ?」
諒が気まずそうに冴子の顔を覗き込みながら問い掛けた。
しかし、その問い掛けはバッサリと切り返された。
「私はないわよ。諒ちゃんとは違うもの。」
ムスッとした顔で冴子が諒を睨みつけた。
「…はい。」
少し意外な返答だったが、諒はすぐに気がついた。
(…高嶺の花すぎて、誰も近寄れないか…。ま、そのほうがありがたいけどね。)
諒が考え込んでいる間に、いつの間にか冴子が先を歩いていた。
諒は、慌てて冴子の後を追い、冴子の背中に問い掛けた。
「…ね…やっぱり、怒ってない?」
「怒ってないわよ。」
「……ホントに?」
「怒る理由なんかないじゃない。」
「…そーだけど…なんか…コワイんですけど…。」
「怒ってないってば!」
冴子が諒の前でピタリと止まり、勢い良く振り返ったと思うと、諒の唇に噛み付くように口付けをしてきた。

不安でたまらないマイナスの感情を諒に押し付けたって仕方ない。
そんなことをしていれば、いつかきっと諒は離れていってしまう。
今、私にできることは諒を信じること…そして、素直に想いを伝えるだけ…――。
まっすぐに突き抜ける飛行機雲のように。

目を開けたまま口付けをしていた二人の視線が交わった。
真っ赤になりながら、真っ直ぐ諒の目を見詰めてくる冴子の瞳が潤んでいるように見えたのは気のせいだろうか。
しばらくして、冴子が唇を離すとそのまま小声で囁いた。
「…他の女としたら許さないからっ…。」
「へっ…?なっ……なんだって?」
「なんでもない!」


END

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