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Baby Face(R+S)



遠い意識の下で鳴っていたベルの音が、だんだんはっきりと聞こえてくる。
その音が枕元でけたたましく鳴り響く目覚し時計だと認識するまでに、僅かに時間が掛かった。

…――起きなきゃ。

そう思ったものの何か重たい。
体が動かない。
覚醒しきらない意識の中で、原因を考える。

――…あぁ、そっか。

ゆっくりと目を開けると、あたしの体に腕を巻きつけた諒が気持ち良さそうに熟睡している。
無防備なその顔に、自然と口元が緩む。
「りょう…朝よ。起きて。」
諒の頭を撫で、覚醒へと導く。
「ん〜…。」
意識があるのかないのか、顔をしかめて、頭を撫でる冴子の手から逃げていく。
そんな諒を見つめながら、もう一度、呼びかけてみる。
「りょぉ?」
「ん〜。」
もぞもぞと冴子の胸元に頭を埋めてきた。
「諒ってば。」
「んー。」
甘えてくる諒を引き離そうと、諒の肩に手をかけて、つっぱねてはみたもののびくともしない。
それどころか、冴子を抱きしめる腕に更に力が入る。
「もー諒っ…離してよ。学校遅れちゃうわよ!」
いつまでもこうしていたい気持ちは山々だけれど、ただでさえ出席日数が少ないのだから、これくらいのことでサボるわけにはいかない。
「りょう!」
「…とごふん…」
むにゃむにゃと、猶予を求めれられ、一瞬、冴子は抵抗を止めた。
ボサボサになっている諒の髪に指を通しながら、頭を撫でる。
「諒…?」
腕の中で眠る諒にもう一度、呼びかけてみるが返事はない。

出張に行っていた筈の諒が、深夜突然、来たかと思えば、食事もせずにシャワーだけ浴び、冴子よりも先に、冴子のベッドで眠りについていた。
何も無理に深夜に帰ってこなくても、翌日ゆっくりと帰ってくればいいのに….。
そう思ったが、あえてここに無理矢理に戻ってきたと言うことは、一人で眠りたくない何かがあったのだろうか。
諒は、仕事先での事を多くは語らないけれど、時々、戻ってくるなり異様に甘えることがある。
わかりやすいのが、まさにこれで、朝起こしても、起きようともせずにべったりとくっついて離れない。
本当は、起きようと思えば起きれるはずだ。
いつもなら、過敏すぎるほどに神経を研ぎ澄ませ、何が起きても動けるのだから。
しかし、相変わらず諒は幸せそうな顔で寝息を立てている。

こんな顔されたら、起こせないじゃない…。

冴子は、仕方なく、諒をこのままにしておくことに決め、自分だけでも学校へ向かおうと決意した。
そっと自分の体に絡まった諒の腕を解こうと再度、試みたものの、諒の腕はしっかりと冴子を捕らえて離す気配はまるでなかった。
「ねぇ…離してってば。あたし、仕度するんだから。」
「んーんー!!」
その声に反応した諒が駄々を捏ねるように唸る。
冴子を拘束するその力は更に強まり、ぎゅうっと諒が抱きついてくる。
小さな子供のようにしがみついてくる諒があまりにも愛しく思えた。
「……諒ちゃんってば…も〜。」
甘すぎるかもしれない…。
そんな事を自覚しつつ、諦めて、あたしも負けじとしがみついてくる諒を抱きしめた。
諒の頭に顔を埋めると、諒のシャンプーの香りがした。
大好きな匂い。
気持ちが良くて、安心する。
大好きな諒の匂いだから好きなのか、この匂いが好きなのか自分でもよくわからないけれど、心地が良い。

「諒のばか…。」

2時間目からは必ず行こう…。
そう心に誓って、諒の匂いを胸いっぱい吸い込んで、瞳を閉じた。


END

僕らの行方



「冴子?」
ソファの上で伸びきっていた諒は、冴子が夕飯の準備をしているはずのキッチンから“ガタンッ”という物音がしてきたため、慌ててキッチンへと駆け込んだ。
すると、包丁が冴子の足元に転がり、まな板の上には数滴の血が垂れていた。
「あららららら…大丈夫?ほら、手ぇ貸して。」
ぼーっと突っ立ったままの冴子の手を取って、勢い良く蛇口を捻ると傷口を水道水で洗い流した。
しかし、冴子は無表情のまま諒の手を力いっぱい振り払った。
「離してっ!」
「えっ…?冴子?」
「ほっといてよ!!」
思いも寄らない冴子の行動に、一瞬、諒は顔をしかめた。
しかし、手当てをしようと再び、冴子の手を取ると冴子は諒の腕から逃れようと暴れた。
「何言ってん…」
「丁度良いわよっ!こんな血全部流れちゃえばいいのよっ……!!」
「………。」
(そういうことですか…。)
このところ、忍が体調を崩して寝込んでいる。
おそらく、冴子の言動の原因はその事が関係しているのだろう。
しかし、正直、冴子がこんな風に取り乱すのは初めてだった。
今まで、何があっても誰よりも気丈に振舞っていたのに…。
「…馬鹿だな…。」
諒が小さい声で独り言のようにつぶやいて、冴子の手を握る力をほんの少し弱めた。
それと同時に冴子も抵抗するのを辞めて、その場に崩れ落ちた。
そして、冴子は泣きながら吐き捨てるように言った。
「あいつらと同じ血が流れてるのかと思うとうんざりよっ…。忍様を苦しめる血なんていらないっ………!!」
冴子が最後まで言い終わらないうちに、諒は冴子の頬を軽く“パンッ”と叩くと、無言のまま冴子の頬に手をあてて離さなかった。
「…………。」
「ごめんね。目ぇ覚めた?」
それまで、ずっと諒が合わせようとしても、目を合わせなかった冴子がようやく諒の目を見た。
「…どうしようもないってわかってるの…だけど…もうこんなのいや…。」
頬にあてられた諒の手のひらを握り返して、すがるように泣いた。
「忍様に自由になって欲しいって願っても、あたしじゃどうしようもなくてもしも、あの人が自由になれるときが来るとしたら、自由の意味もなくなった時だってわかってる。でもそれじゃぁ嫌なのっ…!」
諒は何も言えずに、片方の手は冴子の頬に当てたまま、もう一方の空いてる手で、冴子の頭をゆっくりと撫でた。
その手が優しすぎて、さらに涙が溢れてきた。
「…冴子一人が、その血を流したところで忍が自由になるわけじゃないだろ?」
「なんで…どうして…私たちは生まれてくる場所を選べないのに…なんで、こんな血を引かなきゃいけないの!?」
今更こんなことを嘆いたってしょうがないのは、誰よりもわかっている。
忍様だってすべてを受け入れている。
だけど…それでも、日に日に痩せていく兄を見ていると耐えられない。
この体に流れている血が兄を苦しめているのだと思うと吐き気すらしてくる。
この血をすべて流したところで、単なる自己満足にしか過ぎない。
自分だけがこの血から、逃れようなんてズルイ。
だけど…どうしたらいいのかわからない…。
我慢の限界だった。
「お前がそんなこと言ってたら、あのシスコンがが悲しむでしょ。アイツと同じ血を分けられた事、喜べばいいんだよ、忍もお前が妹で喜んでるから。」
「嘘よッ!!忍様はそんなこと思ってないわ!」
本当は本家の人間よりも誰よりも許せないのは自分だ。
「…ねぇ、冴子さん。どうしてそう思うの?」
「だって私っ…自分の事しか考えてないものっ!!」
いつか先に旅立つであろう兄の事をズルイと思ってしまう。
すべてを運命として受け入れた兄をズルイと思った。
彼のために生きようと誓っても、彼に生きていて欲しいと願っても私の思いなんか関係ない。
あの人には届かない。
一人にできないのは、彼じゃない。
一人になりたくないのは自分だ…。
兄は先に解放される。
けれど、私は何もできずにすべてを見届けた後、一人残される…。
「私…忍様のそばにずっといたい………。」
俯いていた冴子の顔をそっと上げると、頬に当てたままになっていた大きな手で涙を拭った。
「あのね…冴子さん、大切なもの失くすのは誰だって嫌でしょ?大切なものを失いたくないって願う人を誰も責めたりしないって。」
冴子は黙ったまま諒のシャツの裾をきゅっと握り締めた。
「…ったく、どーしちゃったの。らしくないよ。」
目線を冴子の高さに合わせると、顔を覗き込んで優しく笑いかけた。
「たまにはさ、忍にわがまま言ってみたら?喜ぶよ?」
願いは俺も同じだから。
「俺の分まで、アイツ、困らせてやってよ。」



END

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