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ひぐらし


「しゃらら〜ら〜しゃららら〜ら…って、あら?」
乱暴に靴を履き捨て、リビングの方を見ると、電気がついていない。
とりあえず、合わせ鏡の廊下を進んで、リビングを覗き込む。
「にちよ〜びよりの使者ぁ〜…。」
やはり、誰もいない。
「しーのーぶー?しのぶー?」
名前を呼びつづけるが、返事がない。
「…いないんかい…人を呼びつけておいて。あんにゃろ。」
数時間前に召集を掛けてきた張本人は不在のようだった。
念のため、ベッドルームも覗いてみた。
「おーい、しの……。」
そこに居たのは、高陵高校の制服を着た冴子だった。
「これまた難問。どうしたものか…。」
何かの罠かと疑いたくなる。
こんなオイシイ、シチュエーション。
だけど、場所が場所。
斎伽忍の寝室だ。
触れた途端、メタモルフォーゼして黒猫になったりしないだろうか。
「さえこー?」
声を掛けてみたが、熟睡している。
ほとんど徹夜で今日の期末テストを受けてきたのだから仕方ない。
気持ちよさそうに寝ちゃって…。
これって究極の選択だ。
リスクを負って…するか。
見なかったことにするか。
あー「やめとけ」って声が頭の中で聞こえる。
でもちょっとだけ…。

そ〜っと冴子の隣に体を横たえた。
そして、静かに冴子の髪を撫でる。
「ん…。」
う…あ…。
悩殺。
冴子が諒の手に擦り寄ってくる。
調子に乗って、冴子の体に腕を回してみた。
すると冴子が諒の腕の中に潜り込んでくる。
ありえない!ありえない!やばい…罠だったか…。
心臓がバクバク言う。
せっかくだけど、正直、冴子を突き放してベッドを離れようかと考えた。
絶対何かおかしい。
「あ…の…さえこさん?」
小さな声で呼びかけて、冴子を覗き込む。
しかし、返事はない。
窓の外の蝉の声がやけに大きく聞こえる。
クーラーの効いた部屋の中、人肌が気持ちいい。
そういえば、冴子の体も冷えている。
二の腕のあたりもひんやりしている。
「冴子?…ちゃんと、布団かけようよ。」
「ん―…。」
返事があったかと思うと、さらに諒にぴったりとくっついてきた。
「うっ…天使の顔した悪魔か…キミは。」
こんな状況じゃ何もできない。
腕の中で、寝息とともに冴子の体が上下する。
そのリズムが心地良く、いつしか睡魔に襲われた。

蝉の声が遠く…遠くに遠ざかる…―。


END

はるかぜ



春風吹く川原。
土手に沿って植えられた桜も一斉に花開き、時たま風に乗って花弁が舞う。
学校帰りに何気なく寄った土手。
つないだ手をそのままに、芝生の上に滑り込んだ。

空気を胸にいっぱい吸い込んで、バタンと芝生に長身を投げ出す。
「…冴子ぉ〜。」
目を閉じて、広がる光の世界。
日の光が瞼を通して真っ白に写る。
「なに?」
「俺、今、死にたい。」
空を仰いで、目を閉じたまま静かに諒が呟く。
「縁起でもない事言わないで。」
突然の諒の言葉に不安を感じて、諒の顔を覗き込んだ。
「大丈夫、悪い意味じゃないから。」
「…じゃぁ、どういう意味?」
「そういう時ない?“あ〜このまま死んじゃってもいいや”って思える時。」
「…わからなくもないけど…。」
寝転がる諒の隣に座って、冴子は川に浮かぶカルガモを見つめた。
「俺、今、死ねたらすごくシアワセ。」

頭の横で力いっぱい咲くタンポポの黄色い花と春の匂い。
左手にある大好きな人の温もり。
このまま逝けたら何も後悔する事なんてない。
穏やかに静かに満たされるシアワセ。

これからやりたい事、遣り残した事を考えれば
まだまだたくさんあるけれど、今ならそれと引き換えに
このまま穏やかに消え入ってもいいと思えてしまう。

「諒ってホント自分勝手よね…――。」
呆れたように冴子が吐き捨てる。
相変わらず目を閉じたまま無防備に伸び切った諒を見て、
ある考えが頭をよぎる。

次の瞬間、冴子はそよ風と一緒に諒の唇に口付けた。

「っ…――!!!」
びっくりした諒が飛び起きる。
「なっ…なに!?」
「別に。」
冴子は、あっけらかんと返した。
「冴子さん…俺を殺す気っ!?」
「本望でしょ?」
「…っ………。」

シアワセ過ぎて今すぐ死にたい。



END

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